給与が上がらない理由・・・それは優先順位が低いからである

給与が上がるどころか、長期間にわたり停滞、もしくは下がっているサラリーマンは数多くいることだろう。給与が上がらないことが日本の常識となってしまっている感があるが、それは世界の中でも特異なことである。
世界主要先進国の平均給与は上がり続けている。片や、日本全体の平均給与は過去30年間ほぼ横ばいの状況が続いている。


Figure1に示しているように、1990年の日本の平均給与は、米国・ドイツには及ばないものの英国・韓国より高かった。しかし今や、英国と韓国にも抜かれ、米国・ドイツには大きく引き離されている。
何故、このような状況になってしまったのだろうか。
それは、企業・労働組合・政府、それぞれに要因がある。いずれにとっても優先順位が低いのだ。

企業の優先順位

企業にとって最優先の事項は、稼ぐ力をつけることだ。それは売上を拡大すること、そしてコストを必要最小限に抑えることである。
GDPの横ばいが続いている日本の市場では、一企業の売上が伸びたとしても、所詮パイの奪い合いに過ぎない。パイの奪い合いが続けば、次第に過当競争に陥り、安売り合戦に展開していく。安売り合戦に展開すれば、必然的にコストを抑えようとする。大手企業が下請け企業に対し、コスト削減の圧力を強めるのはそれが理由だ。
日本では、売上を継続的に維持し、コストを徹底的に抑えた企業が勝ち組となった。アベノミクス政策の一環で、法人税が海外並の三割を切る税率となったことも追い風となり、利益を蓄積できるようになった。利益の蓄積により日本の企業は、内部留保を積み上げていったのだ。
積み上がった内部留保を使い、手っ取り早く安定的に利益を得る手段は二つある。金融投資と海外投資だ。株式や債券を買い、安定した利潤を得る。利益を出している海外企業を買収し、配当を得る。そうすることで、安定した経営基盤を築くことができる。
経営が安定した結果、初めて担保できるのが雇用の確保だ。レイオフが難しい日本で、波風立てずに社員を雇い続けることができる。給与が高止まりしている社員や余剰社員がいたとしても、人件費を補うだけの余裕が出てくるのだ。
日本市場を主戦場としている企業の優先順位は次の通りである。
  収益力の向上 > 安定的な経営 > 雇用の確保
残念ながら、社員の給与を上げるという選択肢は、目的にも手段にもなりえていない。給与を上げるよりも雇用を確保するという動機の方が強いのだ。

労働組合の優先順位

賃上げを声高に要求できるはずの労働組合にとっても、その優先順位は低い。
労働組合にとって何よりも深刻なのは、過去30年以上に渡り、組合員の減少が右肩下がりで続いていることだ。現在、労働組合がある企業は6社に1社の割合である。このような状況では、社会を代表する声になりえない。既得権益を守るのが精一杯である。
大手企業で定期的に行われる早期退職制度という名のもとのリストラ、定年制度延長に伴う再雇用、社内問題化しているハラスメント問題など、既存組合員の雇用と権利に関わる対応に翻弄されているのが現実だ。
労働組合の優先順位
 組合員数の確保 > 組合員の雇用確保 > 組合員の労働者権利の確保

政府の優先順位

一方、政府としての優先順位は、以下の通りだ。
  景気の回復 > 金融市場の安定 > 労働市場の安定
最優先は何よりも景気の回復。これは政府の悲願でもある。落ち込んでいる消費を喚起し、米国や中国には及ばずとも、欧州並みの成長率を担保することが目標だ。
景気回復という目標は、長らく達成していない。景気回復がままならない間で大事なことは、金融市場の安定である。日本は、バブル崩壊とリーマンショックという二回の金融危機を経験したことから、金融市場の崩壊は全産業に大きな影響を及ぼすということを学習した。日銀の政策である2001年からの量的金融緩和、そして2016年から続くマイナス金利政策は、それが背景である。
不景気が続く中、辛うじて金融市場が下支えているのが現在である。
そして、次に優先されるのが労働市場の安定だ。日本の失業率は常時3%を切っているが、これは世界に誇る数値である。賃金を上げるよりも雇用を確保すること、それが政府の方針だ。
政府としても、給与が上がっていないことを問題視していなかった訳でもない。先に述べたアベノミクス時の法人税率低減は、企業の利益が設備投資と社員の給与に反映され、消費につながることを期待した上での施策だった。しかしながら、その期待通りには企業は動かず、内部留保を蓄積していく行動に繋がっている。

政府の規制か、市場原理に基づく景気回復か

今年から賃上げ税制が、中小企業だけではなく大企業にも適用されるようになった。一定の賃上げを行えば法人税を優遇するという制度である。企業の賃上げを加速させることを狙った制度であるが、効果は局所的なものになるだろう。理由は、節税のために給与を上げる経営者など存在しないからだ。社員の報酬を上げられる業績好調な企業だけが、その税制の恩恵を受けることになる。

政府主導で行える効果的な施策は、最低賃金を上げることだ。しかし、これには副作用を伴う。企業の収益力が落ちるからだ。最低賃金が大幅に上がれば、人件費を支払うだけの体力がない企業は倒産や廃業に追い込まれるだろう。失業率も必然的に上がることになる。
ある意味、新陳代謝が図れるわけだが、その覚悟をもって政府が決断できるかどうかは難しいところだ。

本質的な解決策につながる唯一の道筋は、コロナ禍の制限が開放され、人の流れ・金の流れ・モノとサービスの流れが循環することである。循環が良くなり市場が活性化することにより、景気が回復していく。その結果、人手不足が顕在化して労働市場が活性化する。給与を上げてでも人材を確保しようという企業の動機につながることになるのだ。
コロナ禍が収束しようとしている今こそ、ネガティブな風潮を消し止め、ポジティブな循環に転換できるチャンスだと考えている。

FIN.  September 24th, 2022