従業員を守る法律は、景気が良いときに整備される

コロナ禍となる直前、2019年に働き方改革関連法、そして2020年にパワハラ防止法が施行された。しかし、その後不景気へ突入し、企業で働く従業員を守る法律は整備されていない。同様のことは、過去においても同様である。人事関連の法律の歴史を振り返ることにより、確認していくことにしよう。


終戦直後:1946年~1947年

GHQ主導により一連の労働関連法が整備された。義務教育で教えられる労働三法だ。最初に出来たのは労働組合法である。目的は、日本を民主主義国家にするために労働組合を推進し、極左と極右の活動を抑えることにあった。翌年、国民の義務を定めた日本国憲法が制定され、労働環境整備のために労働基準法が施行された。国民のための雇用と労働の法基盤が出来上がった。

高度成長期:1959年~1971年

戦後の労働三法施行から12年の空白を経て、高度成長期に突入した。好景気を背景に、労働賃金アップの機運が高まり最低賃金法が施行。加えて、差別的な扱いを禁止するために障害者と高齢者の雇用を守る法が確立された。
その後、石油ショックが起きる。

バブル経済期:1986年~1993年

石油ショックのあと15年の空白の時期を経て、バブル経済期に入った。この時期は、人手不足が深刻で、雇用の枠を増やすことが重要課題であった。
派遣業務の公式認定、男女雇用機会均等法、パートタイム労働条件の整備、これらは雇用の枠を増やすための施策である。その後、雇用拡大の勢いをシャットダウンするかのようにバブルが崩壊した。

バブルからの回復期:2006年~2008年

バブル崩壊からの長いトンネルの出口が少し見えてきたのは、崩壊時から13年経ったときである。女性の社会進出は、ある程度定着はしたものの、不利な雇用条件や差別的な扱いが依然として残っていた。立場の弱い従業員が犠牲になることのないよう、法の整備が始まった。しかし、その流れもリーマンショックにより止まった。

アベノミクス:2012年~2020年

リーマンショックと東日本大震災による深い傷から回復したのは、アベノミクス改革によるものだ。長期政権と官邸主導の強みを背景に、社会課題となっていたハラスメントに対する法整備や、高齢化社会に対応するための取り組みが少しずつ始まった。呼応するかのように、企業に対してコンプライアンス(法令順守)の圧力が強まったのもこの時期である。しかし、残念なことにコロナ禍で流れが止まってしまった。

何故、好景気の時期にしか法が整備されないのか?

こうして歴史を振り返ると、雇用と労働に関わる重要な法律は、本当に好景気の時期にしか制定されていない。それは何故なのだろうか。
筆者は三点理由があると考えている。

一点目の理由は、問題の顕在化は、好景気の時期に起きるからだ。好景気においては、経済情勢の変化が大きくて早い。急成長する企業もあれば、新興勢力に押されて没落する企業も出てくる。急激な変化に対応できるだけの経営能力がある企業は、そうそう無いため、企業の運営にひずみが生じてしまう。そのしわ寄せが、従業員に降りかかってくるのである。

二点目の理由は、政府の優先順位にある。不景気の際の最優先事項は、経済対策だ。従業員を守るよりも、雇用を守るほうが優先となる。政府は、予算をできる限り公共事業と補助金に振り向け、雇用を創出・維持するように働きかける。政府としては、雇用が安定して初めて、労働環境を改善に目を向けられるようになるのだ。

三点目の理由は、政府の立法能力の問題だ。従業員を守る法律は、経済対策と違って、単に予算を付ければ良いという話ではない。人間が相手だから慎重な検討を要する。従って、安定した政権と政府の立法能力が必要だ。残念なことに、1993年から1996年までの細川・羽田・村山連立政権時代と、2009年から2012年までの鳩山・管・野田連立政権時代は、空白の期間に該当している。これらの連立政権には、連合を代表する労働組合の強力な支持基盤があった。それにも関わらず、両政権が労働者を守る法律を制定できていないのは、安定政権と立法能力が必要であることを裏付けている。

世界全体から見れば、日本の雇用環境・労働環境はかなり良いほうだ。しかし欧州の国々に比べれば、まだまだ発展途上にある。課題は満載だ。
好景気はいつやって来るか分からない。それを待たずとも、人口の半数を占める被雇用者たち(*1)が声をあげ、就労環境少しずつでも良くしていく機運を高めることがこれから求められてくる。

FIN.  November 27th, 2022

*1: 従業員として雇用されている日本人は約5700万人(総務省統計局 労働力調査2022年より)