日本発のイノベーションを掘り起こす

前回の寄稿で筆者は、漠然と使われているイノベーションの定義について、解説を行った。筆者が定義するイノベーションとは以下の通りだ。
・社会に対し過去の価値観や常識を変える革新的な製品・サービス・技術・ビジネスモデル
・結果として、新しい市場が創出される、もしくは既存市場の構造が大きく変わること

今回、上記の定義に該当するイノベーション事例を挙げてみた。歴史を振り返ってみると、イノベーションの事例は豊富にあるが、体感できるよう誰もが知っている内容に絞り込んでいる。どのようなものがあるか具体的に見ていこう。

プロダクトイノベーション

これまでの常識を覆すだけの革新的な製品を世に送り出し、市場の構造を大きく変えることがプロダクトイノベーションである。元来、日本が得意とするモノづくりがベースだ。

・ユニクロ
ユニクロが世に知られるようになったのは、フリースのヒットがきっかけである。それに続くメガヒットとなったのが、ヒートテックだ。ヒートテックは、繊維メーカー最大手の東レとの共同開発商品である。究極の保温と着心地を求めて原糸の開発から始め、100種類のプロトタイプと10000着以上の試作品を重ねて完成した。この成功を梃にして、ユニクロは世界進出を加速させていった。

・ソニー 画像センサー
スマホなどに搭載されるカメラの基幹部品である画像センサー(CMOS)市場で、圧倒的なトップシェアを取っているのがソニーである。前世代のセンサー(CCD)市場でもトップを走っていたソニーだが、将来CMOSに切り替わることを予測し、リスクを負って技術も構造も全く違う製品の開発へ大きく舵を切った。当時ソニーは、CMOS市場では後発だったものの、裏面照射という他社にはない要素技術を開発し、高品質の製品を作り上げて市場を勝ち取った。

・任天堂
ファミコン・DS・Wii・スイッチ。現代の大人たちは、いずれかのゲーム機に幼少時代の思い出があるだろう。任天堂は、常に生みの苦しみを経ながら、これらのイノベーティブなゲーム機を世に送り出してきた。決して過去の成功に捉われることなく、別次元のコンセプトを持つゲーム機をリリースしている。ハードに加え「マリオブラザーズ」や「どうぶつの森」など、大ヒットを出すソフトの企画開発力も任天堂の大きな強みである。

・養殖漁業
価格は安いが、味や食感は天然物に劣る。これが過去の養殖魚の常識だった。しかし、今や天然物に勝るとも劣らない品質の養殖物が市場に出回っている。元来、日本で人気のある鯛・ブリ・マグロ・鰻などの魚介類は、漁の出来不出来が価格を左右する市場だった。その課題に対し、養殖技術を進化させることにより品質を担保し、さらに年間を通じて安定的に供給することを可能とした。これは、地道に研究開発を重ねて積み上げてきた産官学連携の共同開発の大きな成功事例の一つといえる。

マーケティングイノベーション
次に、商品そのものの本質は変わらないものの、値付けと売り方、そして伝え方と見せ方を新たに創造することで、飛躍的に市場を勝ち取っている事例を紹介しよう。
これらは、4P(*1)として体現されるマーケティングの創意によるものだ。

・百均ショップ(ダイソー)
通常、商品の値付けは、かかったコストに利益を上乗せして決めていく。これを全く逆の発想によってビジネスモデルを確立したのがダイソーだ。全ての商品を百円で提供する、この徹底したコンセプトで商品開発と売り場づくりを行っている。商品そのものの価値は、安かろう悪かろうではなく、耐久性・利便性ともに一定のクオリティを担保しているのが消費者から評価されている点だ。今や、世界各国に進出しているグローバル企業である。

・日本酒(獺祭)
獺祭で有名な旭酒造は、1980年代は焼酎ブームに押され倒産の危機にあった。その危機を脱するために大きく舵を切ったのが、純米大吟醸への特化だ。コンセプトは「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて」である。これまでの酒造りの常識を捨て、醸造プロセスのコンピューター制御、酒米の収穫管理システム、品質のデータ管理といったITの活用も大きな特徴である。

・ラーメン
インバウンドの旅行客が、日本のラーメン店で食事している姿をよく見かけるようになった。ジャパニーズラーメンは。世界各地で人気のブランドである。海外で著名な大手チェーンは「一風堂」「味千ラーメン」の2社だ。一風堂は、ニューヨーク・シンガポールを始めとした世界大都市への出店を重ね、277店を出している。味千ラーメンは、本場中国と東南アジアが主戦場で海外店舗は694店、これは吉野家を超えて最大の海外出店数だ。どちらも成功の秘訣は、スープと麺の品質は徹底的に維持しながら、店舗内での食べ方やメニュー構成は、現地の食文化に合わせてカスタマイズしていることだ。ラーメンビジネスは、投資回収率が高く一店舗でも収益化が可能である。海外では、成功を収めたラーメン起業家たちがひしめいている。

・アニメ
戦後、日本に登場したアニメは少年少女向けであった。それが現在では、老若男女問わず、世界各国でアニメ文化が定着してきている。その市場を牽引しているのが日本だ。
アニメビジネスは二つの特徴がある。一つはビジネスの裾野が広いこと。雑誌から始まり映画、TV番組、キャラクター商品、音楽、展覧会、演劇など様々なビジネスに展開できる。もう一つの特徴は、陳腐化しにくいこと。30年前に連載されたスラムダンクが、2022年に映画化され、日本だけではなく海外でも大ヒットしている。キラーコンテンツは、色褪せずに生き続け、ビジネスに繋げられることが見て取れる。

国家主導イノベーション
次に視点を変えて、国家が主導したイノベーションの例を挙げてみよう。
これらは海外の事例になるが、世界中にインパクトを与えたイノベーションの代表格である。

・アポロ計画
「10年以内に月へ行き安全に帰ってくる」当時の大統領ケネディが宣言した言葉だ。
アメリカ合衆国の総力を挙げて実現した裏側には、数多くの革新的技術が盛り込まれている。アポロ計画以前は、宇宙船の航路などの物理計算は全て手作業によるものであった。膨大な人手と時間をかけていた計算業務に対し、NASAはアポロ計画で初めてコンピューター技術を適用した。その時に設計されたアーキクチャ(CPU/メモリ/キャッシュ/ストレージで構成される基本構造)は、現代のコンピューター基盤そのものとなっている。

・ロンドン金融街
1970年代のイギリスは経済低迷に苦しんでいた。そこに登場したのがサッチャー首相だ。彼女は様々な改革を施したが、ビックバンと言われる金融自由化の政策は、ロンドンを世界第二位の金融都市にのし上げた。ブレグジット(イギリスのEU離脱)の影響が危惧されたが、その強さは変わらない。現在でも、ニューヨークウォール街に次ぐ、世界二位の金融都市の地位を保っている。

・シンガポール国家
1965年の建国以来、シンガポールは、アジアにおける貿易・交通・金融のハブとして、目覚ましい発展を遂げ、現在も進化している。淡路島ほどの小さな国家は、水が乏しく農業生産は難しい。そして地下資源にも乏しい。政府は、世界中の資本と人材を呼び込むために、税制度の優遇と参入規制の撤廃を行った。並行して、働きやすい環境と住みやすい環境を作るために、汚職の排除と街の美化に徹底的にこだわった。結果、世界から資本と人材を集めた。2010年代からは国を挙げてデジタル技術活用を推進しており、デジタル競争力ランキングでは、常に世界上位5か国の中に入っている。

日本の国家主導イノベーション
それでは次に、日本国家が主導したイノベーションの事例を挙げてみよう。上記の海外事例と比べ規模は小さくなるが、「道の駅」は成功事例と言える。

・道の駅
どこに行っても同じものが手に入る。地方では、コンビニとショッピングモール・チェースストアと同じ風景が続く。それと正反対のコンセプトとなるのが、道の駅である。
道の駅の数は、現在1200を数え、年間延べ2億人が利用するようになった。その始まりとなるアイデアは、民間から出てきたものである。「道路にも鉄道の駅のようにトイレがある駅があってもよいのではないか」「そこで地元産の野菜や干物も販売したらどうか」「車で通過していく人々と地域の接点をつくれないか」。これらのアイデアを国土交通省が後押しして、道の駅は具現化されていった。
道の駅は、人を呼び、金を循環させ、雇用を創出する。現在では、地域創生のための大きな武器となっている。

最後に、イノベーションの失敗事例を一つ挙げてみることにしよう。
・国産航空機開発
国産ジェット旅客機の開発は、空の仕事をする技術者たちの積年の夢だった。経済産業省の強力な支援の下、2002年三菱重工業がその開発に着手した。当初の開発費の見積もりは500億円、その半分を国が補助するという構想であった。航空機自体の開発はイノベーションではない。燃費効率・軽量性・安定性・操縦性・耐騒音など、航空機の品質基準において他社を凌ぐだけの最先端技術を搭載することに大きな意義があった。
結局、試験機の飛行までは辿り着いたが、2020年に開発の凍結が発表された。6回に亘る納期延期、度重なる設計変更、そして、当初の見積もりを遥かに超える一兆円もの開発費を投じた挙句の結果だった。コロナ禍による需要減が、とどめの一撃となった訳だが、最後まで越えられかなったハードルは米国の型式認定が下りなかったことにある。何故そのハードルを越えることができなかったのか、その真因を追求されることもなく、コロナ禍の混乱の中で夢のプロジェクトは封印された。

以上、様々な視点でイノベーションの事例を挙げてみた。ここでは一つ一つを要約してしまっているが、どれもが一冊の書籍になるだけの様々な人間模様とストーリーが繰り広げられている。それらに想いをはせるだけでもワクワクしてくるものがある。
イノベーションには、我々の心を躍らせる素敵な魅力が備わっている。

FIN. February 5th, 2023

*1: 4Pとは企業がマーケティング活動を行う上で最も重要な要素、Product, Price, Place, Promotionの頭文字をとった名称

参考情報サイト
・ファーストリテイリングHP 「ヒートテックの舞台裏」
https://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/corp/press-release/2009/01/010617_heattech.html
・ソニーHP 技術情報
https://www.sony.jp/brc/support/technical/index.html#technical-01
・旭酒造HP https://www.asahishuzo.ne.jp/
・一風堂HP https://www.ippudo.com/
・味千ラーメンHP http://www.aji1000.co.jp/
・NASA Homepage : apolo mission
https://www.nasa.gov/mission_pages/apollo/index.html
・スイス国際経営研究所(IMD)
World Digital Competitiveness Ranking
https://www.imd.org/centers/world-competitiveness-center/rankings/world-digital-competitiveness/
・国土交通省 道の駅案内 https://www.mlit.go.jp/road/Michi-no-Eki/index.html
・三菱重工業 IR資料 https://www.mhi.com/jp/finance/library